繊細派のまいにち。

平凡でなんでもない日常に見つけたことを書きます。

砂利の上のおむすび

道端におにぎりが落ちていた。

コンビニで買ったものではなく、誰かが握ったものだった。丸に近い三角で、全体を覆うように海苔が巻かれていた。

 

丁寧にサランラップで包んであって、朝日に照らされている。「誰かさん、お昼ごはんどうするのだろう」とお昼ご飯を失ったであろう知らない誰かの心配をした。

 

夕方、保育園のお迎えで同じ場所を通るとまだそこにおにぎりはあった。サランラップは取れていたが、おにぎりはきれいな形のまま残っていた。なぜ?

猫や鳥がラップを取ったのなら崩れているはずだが、夕日に照らされて綺麗な形のままおにぎりはそこにあった。

 

おにぎりを握る動作とゆうか、人が好きだなぁと思う。同じように水筒を持参している人も好き。4、50代の単身赴任の男性が水筒を持参しているのを見ると胸がキュッとなる。

 

当たり前だけど、使うって事は洗わないといけない。洗い終わった後、水切りに置かれた水筒を想像するとキュッとなる。なんだろう。淡々とした日々を慎ましく暮らすって良いなと思う。

 

道端におにぎりが落ちているのを発見したのは人生で2回目だ。死ぬまで何回出会うのかな。

 

口ぐせの上書き

口癖って気づいた時には上書きされている。

 

デスクの隣人次第で自分の口癖は変わる。

転勤で4月からやって来たマキタさん(仮)の口癖は「何をおっしゃいますやら」だ。

 

実際その言葉を発している人をはじめて見た。言う機会ってあるのだろうか。いや、あるかもしれない。けれど、その人は毎回の電話で言う。もはや「こんにちは!」レベル。

 

同じフロアにフレッシュマンが居るのだけど、さっそく「何をおっしゃいますやら」の口癖がうつっていた。スポンジのような吸収力でカジュアルな「何をおっしゃいますやら」の使い方をさっそく吸収したんだな。

 

今日も「何をおっしゃいますやら」が飛びかっている。

 

付き合う友人が変わると自分が変わり人生が変わる、らしい。口癖が上書きされても平凡で平和な日常は変わらない。

 

 

ゲシュタルト晴明

赤いインクで名刺に「信任御挨拶」というスタンプを押していた。

信任御挨拶、信任御挨拶、信任御挨拶

だんだんゲシュタルト崩壊してきておふだに書いてある文字のように見えてきた。

 

信任御挨拶、信任御挨拶、悪霊退散、悪霊退散。安倍晴明は令和の時代に呪術廻戦だなんてアニメが流行るだなんて予想していただろうか。

 

ゲシュタルト崩壊とは少し違うけれど、その昔カタカナの「リ」「ソ」をごちゃ混ぜに書いている人と出会った時は衝撃だった。「ヤバいやつだ...」なんて思った事があるけれど、自分も「あれ〜ゴンベンの横棒ってなんぼんだっけなー」といつも悩んでいる、立派なヤバい奴だ。

 

文字って素敵な文化なのに書かないって損よね。書写でも始めようかな。

 

 

〜今日のエクササイズ〜

「溝」とゆう漢字の右側を、人差し指と中指だけ立てて空に向かって全力で大きく描いてみましょう。すると、なぜか陰陽師っぽくて強い気持ちになれます。

 

こんなくだらない事ばっか言ってたら、やだ、祓われる。

 

 

 

 

 

なつかしのアクリル仕切り

会社のデスクとデスクの間に置かれたアクリル仕切りが外される事になった。

コロナウイルスも5類になるので「もういいだろう、取っ払おうぜ」と、お達しが下ったらしい。

逆らうことは出来ないのだけどデスクの隣人が律儀にも「アクリル板、取ってもいいですか?一様もや子さんの了承を得てからにしようかと思って...」と声をかけてくれた。

 

快諾したつもりだったけれど、それでもなお恐縮している様子に「私の意見を聞いてくださるなら小屋建てたい」と言ってみたら「あ、より強固な壁を作りたい...」と言って笑ってくれた。

 

いいですよ、取りましょう。

月曜日に会社に行くと、もうアクリル仕切りはいない。透明でも他人との間に隔てる物理的なモノが置いてあることに私は救われていました。お世話になりました。

 

【令和世代!懐かしい物ランキング】とかでいつかアクリル仕切りも取り上げられたりするのかな。

上位だといいな。

 

皿うどんと夕暮れ

今日もママチャリで爆走する。愛車の電動自転車だ。雨よけの箱型のカバーを子が乗るところにつけているのだけど、これがデカイ。とにかく圧がある。小さめの小屋を運んでいるような気持ちになる。

普通に走っているなら気にならないのだけど、狭い道で誰かとすれ違う時は「おっと、小屋が...失礼」と申し訳ない気持ちになる。後ろに付いているからそのデカさを忘れてしまうのよね。

 

先日、保育園のお迎えを済ませ子を乗せて家路を急いでいた。家までの道に狭い道がある。その道だけは誰かとすれ違いたくない。いつも「来てくれるな」と心で念を唱えながら通るのだけど、パッとみたらお爺さまが前から来ているではないか。しかも、夕暮れ時と言うのにタモさんばりの真っ暗のサングラスをかけていた。

こ、こわい!!!

「邪魔なんだよっ!!」「どけよ!」とか言われてツバでも吐かれたらどうしよう。

 

サングラスから視線をおろし、カゴを見ると剥き出しで皿うどんと2リットルのペットボトルの水が入れられていた。

普通に過ごしてて、果たしてこの2品だけを買って帰りたい日はくるのだろうか。私にはなかった。ファンキー。自分の欲に素直なんだわ。今日この瞬間、皿うどんが食べたかったのだろう。

 

私がカゴに釘付けになっていると、ファンキーお爺さんはすれ違いざま、ビックリするぐらい穏やかに「ごめんね〜」と言いながら通り過ぎて行った。こちらが明らかに邪魔だろうに。

小さくなったお爺さんの後ろ姿を見ながら、やっぱり人は見かけで判断してはいけないとしみじみ思った。

 

今日、皿うどんにしようかな。とりあえず水2リットル買うか。

 

かぶっちゃやーよ

職場で服が被るってなかなかしんどい。

デスクの離れ島で被るのはいい。同じ島のそれも隣人と被るのはなかなかにしてキツイ。

 

今まで黒やグレー、紺など無難色ばかり選んできた。クローゼットを開けると真っ黒。そろそろ漆黒のクローゼットは卒業したいと今年は思い切って真っ青なブルーニットを購入した。

 

職場に着ていく初めての日。派手すぎない?と内心ドキドキしているのを隠しつつ「どう?青を着こなす私っておしゃれでしょ感」を必死で出しながらドアを開けた。

 

目に入る、隣人の青。

真っ青なブルー。か、かぶってる!!!!

隣のデスクに座るおしゃれな人もブルーニットを着てきていた(こちらは正真正銘のお洒落)

 

 

隣人が動くたび、視界に入る青。

被ってごめんなさい。真似してるわけじゃないの。ほら、黒白グレーの次に手を出しやすいのって青じゃないすか...

 

一日中勝手に気まずくなっていたけれど夜に突然開き直った。被らないなんて無理!

人と被らないを気にしていたら毎日、志茂田景樹先輩のような攻めた服で行かねばならない。

 

私は志茂田景樹ではないのだ。道は開かれた!

個性的なファッションを着こなす方々が居るからこそ際立つベーシック!そして青一色など全然個性的などではない。被るに決まってる!

 

足取りは軽い。だから今日も意気揚々と真っ青なブルーニットを着ていく。

さよならダースベイダー

「シュー ハー シュー ハー」という呼吸音が聴こえる。また今日もお馴染みの呼吸音が鳴っている。音の出どころは、斜め後ろに座る営業さん(38歳/男性)。

 

ひどく疲れているのだろうか、いつからか彼からダースベイダーのような音が聴こえてくるようになった。

 

一度気になったら、もう知らなかったあの頃には戻れない。彼からシュハーシュハーが聴こえると認識して以来、毎日気になった。

 

今日も鳴ってんな〜。疲れてんな〜。

 

そんなに本人と接点が無かったわりに、勝手に親近感を持っていたのはこの音との付き合いが長かったからなのかな。

 

そんな彼が4月からの移動なった。そして今日が最終日だった。最後に「お世話になりました」「お元気で」と挨拶を交わす。

 

出会いがあれば、別れもある。

さようなら、ダースベイダー。どうかお元気で。

 

移動のプレゼントのお返しでもらったボールペンを手に取りながら、ふと思った。

 

あれは超回復呼吸法だったのかもしれないな。